大判例

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東京高等裁判所 平成7年(の)1号 判決

主文

一  被告会社株式会社日立製作所、同株式会社東芝、同三菱電機株式会社、同富士電機株式会社及び同株式会社明電舎をいずれも罰金六〇〇〇万円に、被告会社株式会社安川電機、同日新電機株式会社、同神鋼電機株式会社及び同株式会社高岳製作所をいずれも罰金四〇〇〇万円にそれぞれ処する。

二  被告人a、同b、同c、同d、同e、同f、同g、同h、同i、同j、同k、同l、同m、同n、同o、同p及び同qをいずれも懲役一〇月に、被告人rを懲役八月にそれぞれ処する。

右被告人一八名に対し、この裁判の確定した日からいずれも二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社株式会社日立製作所、同株式会社東芝、同三菱電機株式会社、同富士電機株式会社、同株式会社明電舎、同株式会社安川電機、同日新電機株式会社、同神鋼電機株式会社及び同株式会社高岳製作所は、いずれも日本下水道事業団発注に係る電気設備工事の請負等の事業を営む事業者であり(以下いずれもその社名のみを記す。)、被告人aは、日立製作所の公共営業本部公共営業推進部部長代理、同bは、同社の電力事業本部調査部部長代理として、同cは、東芝の情報処理・制御システム事業本部公共システム事業部公共システム第一部長、同dは、同社の同事業本部情報処理・制御システム調査部受変電機器グループ担当部長代理として、同eは、三菱電機の機電事業本部公共事業部公共営業推進部長、同fは、同社の同事業本部重電調査部第二課長として、同gは、富士電機のプラント営業本部公共営業本部水処理営業推進部主席、同hは、同社のプラント営業本部計画部第二課長として、同iは、明電舎の取締役営業総本部水処理本部長、同jは、同社の営業総本部営業推進本部調査部担当部長として、同kは、安川電機の公共事業部全国営業担当部長、同lは、同社の産電事業部営業調査部担当課長として、同mは、日新電機の公共営業本部営業推進グループ部長、同nは、同社の東京支社総務部業務課長として、同oは、神鋼電機の営業総本部営業企画部調査担当課長として、同pは、高岳製作所の公共事業部営業統括部長、同qは、同社の営業推進部部長として、それぞれが所属する被告会社において電機設備工事の受注等の業務に従事していたもの、被告人rは、日本下水道事業団(以下「下水道事業団」という。)の工務部次長として、下水道事業団において電気設備工事の発注等の業務に従事していたものであるが(以下いずれもその姓のみを記す。)、

第一  被告人a、同b、同c、同d、同e、同f、同g、同h、同i、同j、同k、同l、同m、同n、同o、同p及び同qは、同一被告会社に所属する被告人らにおいては相互に共謀の上、それぞれの所属する被告会社の業務に関し、平成五年度に下水道事業団が指名競争入札の方法により新規に発注する電気設備工事について、平成五年三月一〇日ころ、東京都千代田区丸の内二丁目二番三号三菱電機本社において、被告会社九社が同年度の下水道事業団発注に係る電気設備工事の工事件名、予算金額等を基に一定の比率等に従って配分し受注することとして配分比率、配分手続等を定め、さらに、被告人rから右の工事件名、予算金額等の教示を受けて、これを相互に連絡するなどした上、同年六月一五日、同区有楽町一丁目一二番一号富士電機本社において、教示を受けた工事件名、予算金額等を基に、さきに定めた配分比率、配分手続等に従い、前記の新規発注に係る電気設備工事を被告会社九社にそれぞれ配分して受注予定会社を決定するとともにその受注予定会社が落札して受注できるような価格で入札することを合意し、もって被告会社九社が共同して相互にその事業活動を拘束することにより、公共の利益に反して、平成五年度に下水道事業団が指名競争入札の方法により新規に発注する電気設備工事の受注に係る取引分野における競争を実質的に制限して、不当な取引制限をし、

第二  被告人rは、前記のとおり、被告人aら一七名がそれぞれの所属する会社の業務に関し、平成五年度に下水道事業団が指名競争入札の方法により新規に発注する電気設備工事について、工事件名、予算金額等を基に、あらかじめ定めた配分比率、配分手続等に従い、右の新規発注に係る電気設備工事を被告会社九社にそれぞれ配分して受注予定会社を決定するとともに受注予定会社が落札して受注できるような価格で入札することを合意するに際し、その情を知りながら、同年五月中旬ころ、東京都港区虎ノ門二丁目三番一三号下水道事業団事務所において、被告人gらに対し、工事件名、予算金額等を教示し、もって同被告人ら一七名の前記犯行を容易にしてこれを幇助した。

(証拠の標目)〈略〉

(争点に対する判断)

注 以下に「関係弁護人」とは、被告会社及びその所属の被告人の弁護人をいう。

一  はじめに

被告会社日立製作所の関係弁護人及び同安川電機の関係弁護人並びに被告人rの弁護人を除き、その余の被告会社の関係弁護人らは、いずれも判示第一の犯罪の成立を争っている。その理由は様々であるが、次の二つが主要なものである。

第一は、本件における受注調整が下水道事業団の主導ないし主宰で行われたということを強調して、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)二条六項所定の「一定の取引分野」における「競争を実質的に制限する」旨の要件のいずれか又は双方を欠くとする主張である(被告会社東芝、同三菱電機、同富士電機、同明電舎、同日新電機、同神鋼電機及び同高岳製作所の各関係弁護人)。

第二は、受注調整のルールに関する合意が既に平成二年に成立したということを強調して、本件受注調整が不可罰的事後行為に当たるとする主張である(被告会社東芝、同富士電機、同明電舎及び同日新電機の各関係弁護人)。

そこで、まず、本件犯行に至る経緯を概観し、次いで、それに基づき右の二つの主張について検討し、併せてその他の主張についても判断を示す。

二  本件犯行に至る経緯について

前掲の各証拠のほか当裁判所が取り調べた関係証拠を総合すると、以下の各事実を認めることができる。

1  下水道事業団は、下水道事業を推進するために設立された認可法人である。その前身は、昭和四七年一一月に設立された下水道事業センターであるが、昭和五〇年八月に現在の下水道事業団に拡充改組されたものである。

その業務内容は、市町村等の地方公共団体(以下「自治体」という。)からの要請に基づき、終末処理場、ポンプ場等の下水道施設の建設、維持管理等を行うことであり、その大半は、自治体から委託を受け、その受託費を財源として行う受託業務で占められている。本件受注調整は、下水道施設の電気設備工事について行われたものであり、その大部分が受託業務であった。

下水道事業団内部における電気設備工事の実施に関する業務は、工務部電気課の所管とされ、工務部次長がその事務を担当していた。

2  被告会社九社は、下水道事業団発注に係る電気設備工事の大部分を受注し、施工していた。このうち、大手の被告会社日立製作所、同東芝、同三菱電機、同富士電機及び同明電舎を「五社」と呼び、中堅の同安川電機、同日新電機、同神鋼電機及び同高岳製作所を「四社」と呼び、その総称として「九社」という言葉が使われていた。

被告会社九社のほかに、松下電器産業株式会社など四社が下水道事業団発注に係る電気設備工事の受注及び施工に加わっていたが、その件数や金額は「九社」に比べてごく少なく、平成五年度を例にとると、件数にして全体の約八パーセント、金額にして全体の約七パーセントを占めるにすぎなかった。これらの四社は、「九社」の側から「アウトサイダー」又は「アウト」と呼ばれていた。

3  被告会社九社は、下水道事業団の前身の下水道事業センターの時代から、電気設備工事について受注調整を行ってきた。すなわち、指名競争入札の方法により発注される分について、入札施行前に話合いにより工事件名ごとに受注予定社を決めた上、その予定社が確実に落札し、受注できるように協力し合っていたのである。

ところで、下水道事業団が自治体から工事を受託する際、自治体の側からその工事を特定の業者に施工させてほしい旨の要望が付けられることがしばしばあった。この自治体からの要望を被告会社九社の受注調整担当者は「意向」と呼び、受注予定社を決めるに当たっては、「意向」を獲得したのがどの被告会社であるかが最も重視されてきた。

一方、下水道事業団においても、自治体はいわば顧客であってその「意向」に沿うことが業務の円滑な遂行とその拡大につながるという配慮から、工事発注担当者の工務部次長らが、被告会社九社による右のような「意向」中心の受注調整を承知した上で、各被告会社の受注調整担当者に「意向」の有無及び内容を伝えるなどしていた。そのため、各被告会社の営業の重点が、自治体に働きかけてその「意向」を獲得することに置かれ、その間の受注実績に「意向」獲得の多寡による格差が生じるようになった。殊に、「五社」のうち被告会社東芝が昭和五〇年代後半から受注実績を伸ばし、同富士電機がこれに追随し、昭和六三年度には、両社の受注金額の合計が全体の半分を超えるまでに至った。これに対し、被告会社日立製作所は、営業に立ち後れ、昭和六〇年前後の受注実績は「五社」の最下位で、「四社」の同安川電機又は同日新電機に劣後するという状態にまで落ち込んでいた。

4  昭和六三年二月に被告会社日立製作所の公共営業推進部長に就任し、同社の下水道事業団関係の営業活動を担当していたsは、受注格差が生じた最大の原因は、一部の被告会社が自治体の「意向」を獲得するために政治家を利用するなど過度の営業を行っていることにあると判断し、これをやめさせる方法として、各被告会社の受注高に上限を定める案を思い付き、併せて「五社」の上限を均等にすることにより、自社の受注を高めることもできると考えた。そして、この案を他の被告会社に受け入れさせるため下水道事業団の力を借りようと考え、平成元年初めころ、当時下水道事業団の工務部次長であったtに対し、「五社」均等の上限を設けることを発案した。

tは、当初はこれに難色を示したものの、政治家を利用した過度の営業活動により自治体や下水道事業団も迷惑を受けている実情を憂慮して、次第に賛成の態度に変わっていき、平成元年四月上旬、「五社」の役員を下水道事業団に集め、当時工務担当理事であったuから、政治家利用の営業を慎まれたいとの要望を伝えてもらった。そして、同月下旬、「五社」の営業担当の部長を集め、「九社」が一定の上限枠に従って受注し、特に「五社」の受注は均等にすることを提案した。

そこで、「五社」は、各被告会社内部で対応を協議し、また、従来から受注調整の連絡を取り合っていた各被告会社の調査部門の担当者間で意見交換を行った。その結果、被告会社日立製作所はもとより、受注が下降気味であった同明電舎が賛成の立場を取り、また、同三菱電機と同富士電機は特に反対の態度を示さなかったため、積極的に反対の立場をとるのは同東芝のみとなったが、同社も結局受入れの方向に変わり、「五社」の間において、各社均等受注の合意が整った。

その後、「九社」間の協議に移ったが、「五社」と「四社」のシェア(取り分比率)をどのように振り分けるかについて、双方が厳しく対立したまま話がまとまらなかった。そのような状態の中で、tが、「五社」と「四社」のシェアを八〇対二〇に分けたらどうかと提案し、平成二年三月ころ、これに沿う方向で妥協が成立し、さらに、被告会社九社は、「運用手順」というシェア枠やその対象となる工事の範囲、受注予定社決定の手続などを定めた受注調整のルールを作った。

5  平成二年の「運用手順」の要点は、以下のとおりである。

(一) 下水道事業団発注の工事を、A物件(新規物件=新規に発注する工事)、B物件(継続新規物件=既設物件の竣工から三年以上経過した後に発注する継続工事)、 B’物件(下水道事業団新規物件=自治体発注工事の継続分を下水道事業団が受託して新規に発注する工事)、C物件(B、 B’以外の継続物件=既設物件の竣工から発注までの期間が三年未満の継続工事)に分け、このうちA、B、 B’各物件をシェア枠の対象とする。

(二) シェア枠は、「五社」全体で八〇パーセント、「四社」全体で二〇パーセントとし、「五社」については各社均等にするが「四社」については過去の受注実績に基づき各別の比率を定める。

(三) 各被告会社のシェア枠から受注予定のB及び B’各物件の工事予算金額の合計を差し引いた残りの額をA物件の取り分額とし、各被告会社はその取り分額の範囲内でA物件を選択し、その物件の受注予定社となる。

(四) 「九社」の幹事は、A物件の各受注予定社を下水道事業団の工務部次長に報告する。

この「運用手順」による受注調整を円滑に行うためには、被告会社九社の側で、事前に、下水道事業団が発注する予定の全工事名と各工事の予算金額、各工事に関する自治体の「意向」の有無及び内容を把握していることが必要であり、tは、「九社」の幹事に対しこれらを教示することを約束した。

なお、下水道事業団発注の新規工事については、指名競争入札の方法により受注業者が決められていた。他方、継続工事については、電気設備工事の性質上既設業者に受注させるのが相当であることから、入札によらず既設業者と個別に契約する随意契約の方法によるのが原則とされたが、例外的に、B、 B’各物件については、指名競争入札の方法が取られていた。とはいえ、B、 B’各物件についても、慣行として既設業者が受注することになっていた。

6  右の「運用手順」に従って、平成二年度に下水道事業団が発注した工事について、「九社」間の受注調整が行われ、受注予定社が決められて、それが下水道事業団の工務部次長に報告された。同様のことが、平成五年度の工事に関する本件受注調整まで毎年繰り返された。その間の平成三年四月に、下水道事業団の工務部次長がtから被告人rに交替したが、被告人rは、上層部の指示により岩崎から受注調整に関する事務の引継ぎを受け、引き続き、受注調整に協力する役割を果たしていった。

被告会社九社間において、「運用手順」は毎年会計年度末の三月ころに見直してこれを改訂し、新年度から実施することが了解事項となっていた。主要な改訂点を挙げると、平成三年度の「運用手順」では、従前のC物件をC物件(平成二年度以降にシェア枠に入れられた物件の継続物件)とD物件(それ以外の継続物件)とに分け、前者をシェア枠の対象に含めることや、「九社」の担当者が一堂に会して受注予定社を決める会議(ドラフト会議)を開くことが決められ、平成四年度の「運用手順」では、「五社」と「四社」の全体的なシェア枠の比率を七五対二五に変更することが決められた。

7  被告会社九社は、受注調整を行うについて幹事社を決め、毎年「五社」のうちの二社が持ち回りで正、副の幹事に当たっていたが、平成四年度からは「四社」からも一社を副幹事として出すことになった。

また、各被告会社の受注調整担当部署は、営業部門と調査部門に大別され、営業部門の担当者の役割は、全国の営業ラインの活動状況を把握した上で、当該年度の「運用手順」と調査部門の担当者からもたらされる下水道事業団の発注予定工事に関する情報とを踏まえ、自社が受注予定社となるべき物件を選定して、これを調査部門の担当者に伝えることにあった。さらに、幹事社の営業部門の担当者は、下水道事業団との連絡及び交渉を行い、下水道事業団から得た情報を自社の調査部門の担当者に橋渡しする役割も担っていた。

これに対して、調査部門の担当者の役割は、「運用手順」の見直しのための「九社」間の協議に加わるとともに、幹事社の調査部門の担当者を通じて下水道事業団の発注予定工事に関する情報を入手し、新しい「運用手順」や工事に関する情報を営業部門の担当者に伝えて、物件選定の手助けをし、さらに、ドラフト会議に出席して自社が受注予定社となる物件の決定にあずかることにあった。これに加えて、幹事社の調査部門の担当者は、自社の営業部門の担当者から渡された下水道事業団の発注予定工事に関する情報を整理した上、これを他の被告会社の調査部門の担当者に伝え、また、ドラフト会議の司会をするという役割も担っていた。

このように営業部門と調査部門とは、表裏一体の緊密な連携を保ちながら、受注調整に向けた作業を行ってきた。

8  平成四年度は、景気浮揚政策の一環として下水道建設にも大型の補正予算が割り当てられ、下水道事業団が自治体から受託して追加発注する工事(補正物件)の予算金額も多額に上った。

「運用手順」による受注調整は、各年度の本予算による工事を対象にして行われていたものであるが、その後追加発注される補正物件についても、従来、幹事社を中心にした受注調整が行われていた。ただ、従前は、補正物件の件数も金額もそれほど多くなかったため、その会計年度限りのこととして処理され、特に問題にされることもなかった。

しかし、平成四年度の補正物件は件数も金額も多かったため、受注調整の過程でこれにもシェア枠の考え方を及ぼすことの必要性が論じられるようになった。そして、「九社」間の協議の結果、平成四年度の補正物件は、平成五年度のシェア枠の先取りとして、受注額を算入する方向で話がまとまり、平成五年二月中旬ころ開かれた「九社」の会議でその合意を見た。同会議では、そのほかに、平成元年度の受注額がシェア枠に達しなかった被告会社につき、不足分を平成五年度に補填することや、ドラフト会議の手続の細目の変更についても合意された。

そして、この会議を受けて、判示第一のとおり平成五年三月一〇日ころ、年度末の「九社」の会議が開かれ、そこで、平成五年度の「運用手順」が確定されるに至ったものである。

三  独占禁止法二条六項の要件を欠くとの主張について

1  弁護人らの主張は、要するに、本件では、専ら下水道事業団の指示ないし主宰により受注調整が行われ、下水道事業団自らの行為により被告会社相互間に受注競争のない状態が生じたものであって、このような場合には、「一定の取引分野」における「競争の実質的な制限」なるものを観念することができず、したがって、独占禁止法二条六項及び三条にいう「不当な取引制限」はなかった、というのである。下水道事業団の指示ないし主宰の中身として、弁護人らは、特に、〈1〉シェア枠による受注調整のシステムは、下水道事業団の指示により成立したものであること、〈2〉各工事の受注予定者は、すべて下水道事業団の指示に基づいて調整され、下水道事業団の承認を得て決定されていたものであることの二点を指摘している。

2  〈1〉の点について見ると、シェア枠による受注調整のシステムの成立については、確かに、前記二4で認定したように、被告会社日立製作所の羽賀の発案を受けて、下水道事業団の当時の工務部次長のtが、このシステムの導入を被告会社九社に提案したことは事実である。そして、各被告会社は、この提案について社内で検討するとともに他の被告会社と連絡し合い、これを受け入れるに至ったものである。

その際、「九社」とりわけ「五社」から被告会社日立製作所を除いた大手四社が賛同するについては、工事の発注者であり入札参加者の選定権限を持つ下水道事業団に逆らい難いとの配慮が働いたであろうことは、容易に推認される。

しかしながら、証拠関係から見て、それだけではなく、同時に、シェア枠を定めることにより受注の安定の確保ができるという思惑も働いたといえる。シェア枠の制度は、受注額の上限を画することに主眼があるとしても、他面では、その枠一杯の受注額をその時々の営業力の強弱にかかわりなく保障するという機能を持っており、当時受注率が低下気味であった被告会社日立製作所、同明電舎はもとより、他の被告会社においてもその機能を肯定的に評価していたと認められるからである。さらに、前記二3で認定したとおり、受注調整は下水道事業センターの時代から行われていたものであるところ、シェア枠制度の導入に反対することにより受注調整そのものを破綻させ、あるいは「九社」から外されるのではないかとの危惧を各被告会社が抱いていたことも認められ、殊に、「五社」のうち唯一反対の立場を鮮明にしていた被告会社東芝がそれに固執しなかったのは、このような危惧が強く働いたためと推認される。その他、被告会社東芝、同富士電機の関係者の検察官に対する供述調書によると、シェア枠を定めても営業努力によってそれを超える受注も可能であるし、シェア枠制度は長続きしないであろう等の楽観的な考え方や見通しが両被告会社の中にあったことも看取することができる。

結局、以上を踏まえた損得計算に各被告会社の力関係が加わり、妥協の産物として、シェア枠による受注調整システムの導入の合意に達したものであって、岩崎の提案は、右の合意を導いた重要ではあるが一つの要素にすぎなかったというべきである。同様のことは、「五社」と「四社」のシェアの振り分けについてもいえることである。前記二4で認定したとおり八〇対二〇の振り分けの合意はtの提案に沿うものではあるが、双方は長い間それを巡って対立し続けてきたことが証拠上明らかであり、tは、その狭間に立たされて双方から都合よく利用された面が多分にあり、得られた合意は、双方の力関係を基本にして、前述のような損得計算が絡まり、妥協の産物として成立したものと認められる。なお、前記二6で認定したとおり、平成四年度の「運用手順」で右の比率が七五対二五に変更されており、これについては被告人rが「五社」と「四社」の間の交渉に関与したことが認められるが、右変更の合意の成立も、力関係を基本とした前同様の妥協の産物と認めることができる。

3  〈2〉の各工事の受注予定者の決定については、tも被告人rも、「九社」の幹事に対し、発注予定の全工事につき、その件名や予算金額、さらには、自治体の意向の有無及び内容を教示するなど、その決定の過程に深く関わり、重要な役割を果たしていたことは、前記二5、6で認定したとおりである。

しかし、シェア枠制度が導入される前の自治体の意向を中心とした受注調整の時代においても、「意向」以外の要素も加味して「九社」間で受注予定社の割り振りを協議していた形跡がうかがわれるところであるが、シェア枠制度の導入後は、協議の範囲は質的にも量的にも拡大したものと認められる。すなわち、シェア枠の設定により、一方では自社が意向を獲得した工事の合計金額がシェア枠を超える被告会社もあれば、他方ではその金額がシェア枠に達しない被告会社もあるという事態が生じ、各被告会社が受注金額をシェア枠に合わせるために、受注調整の過程でかなり複雑な意思決定と駆け引きを行わざるを得なくなったのは、必然の成り行きである。

その結果、自治体の「意向」と異なる受注予定社が決まるケースが、多々生じることになったが、その報告を受けたtや被告人rの態度は、関係被告会社に対し、自治体から苦情が出ないよう手当しておくこと(いわゆる終戦処理)を求めるのが通例であったと認められる。もっとも、数件の工事については、tや被告人rから、「意向」に沿う方向に受注予定社を変更するよう要請することがあったが、これは、「意向」が強固で終戦処理が困難であると考えられる場合に、例外的に行われたものであり、要請を受けた被告会社もその事情を察しておおむねこれに応じていたが、あくまで決定にこだわって要請を拒否する例もあったことが認められる。また、受注予定社の変更が行われた場合でも、後日代替物件の譲渡を行うなどして、関係被告会社間で損得の帳尻を合わせる作業をしていた例も見受けられる。

こうして見ると、受注調整の過程において、各被告会社はそれぞれの利害を計算して意思決定や他の被告会社との駆け引きを行っていたものであり、また、受注調整の結果について例外的にtや被告人rが変更を要請する場合においても、各被告会社は自己の利害計算に基づいた対応を取っていたものと認められる。したがって、受注調整がすべて下水道事業団の指示に基づいて行われていたということも、受注予定社が下水道事業団の承認を得て決定されていたということもなかったというべきである。

4  以上によれば、弁護人ら指摘の〈1〉、〈2〉の各点は、いずれも採用することができず、各被告会社はその相互間に存在すべき受注競争を自ら制限したものであるから、本件において「不当な取引制限」がなかったという主張も理由がないことに帰する。なお、弁護人らは、前記二5で述べたB及び B’各物件、あるいは、「アウト」の四社に割り当てられたいわゆるE物件との対比から、本件の受注調整の対象になったA物件についても実質的な競争制限がなかったという指摘もしているが、B、 B’各物件あるいはE物件について実質的な競争制限があったか否かはさておき、A物件について被告会社九社が実質的な競争制限を行ったことは、これまで検討したところから明らかであるから、右の指摘も採用の限りでない。

四  不可罰的事後行為の主張について

1  弁護人らの主張は、要するに、受注調整のルールに関しては、平成二年に基本的な合意が成立しており、仮にこの合意が不当な取引制限に当たるとしても、その時点で独占禁止法違反の犯罪は既遂に達していると見るべきであり、その後の本件受注調整は、その合意の内容が実施に移されたものにすぎないから、不可罰的事後行為である、というのである。

2  前記二4、5で認定したとおり、シェア枠による受注調整のルールは、平成二年三月ころ、被告会社九社の間でその合意に至ったものであるが、このルールは、シェア枠の配分比率や、その対象となる工事の範囲に加えて、受注調整の手続等を定めたものであり、前記二6で認定したとおり、毎年の会計年度末に見直して改訂することが了解事項になっており、実際にも毎年度末に見直し及び改訂の作業が行われてきたものである。

受注調整の対象とされたのは、毎年度下水道事業団が新規に発注する電気設備工事であって、工事の種類、件数、予算の額、発注の時期などは、国の政策や社会状況等により変化するものであり、他方、受注する側の重電機業界の状況も変化していくため、年度ごとにルールの見直しと改訂が行われることになったと考えられ、実際にも、前記二6、8に認定した各年度のルールの改訂の内容は、当時の状況を踏まえて、いずれもシェア枠の配分比率やその対象範囲などの重要な事項に関わるものとなっている。

3  受注調整の実施状況を段階を追って見ると、前記ルールすなわち「運用手順」の改訂と並んで下水道事業団の工務部次長から新年度発注工事の件名、予算金額等の教示を受けることが必要不可欠の事柄であり、このルールの改訂と工事件名等の教示を巡り、前記二7で認定したとおり、各被告会社の営業部門と調査部門の各担当者が作業を分担するとともに密接な連携を保ちながら、ドラフト会議に向けての準備を行った上、ドラフト会議で受注予定社の決定に至るというものである。

4  以上のルールの見直し及び改訂の状況と受注調整の実施状況とを併せ考えると、本件においては、受注調整による取引制限は、各年度ごとに独立して行われていることは明らかであり、各年度におけるルールの改訂からドラフト会議までの一連の作業をもって取引制限の実行行為と見るのが相当というべきである。したがって、平成二年における受注調整のルールの合意により犯罪は既遂に達し、その後の行為はすべて不可罰的事後行為であるという弁護人らの主張は、採用することができない。

5  本件受注調整については、前記の罪となるべき事実のとおり、平成五年三月一〇日ころのルールの改訂(これに至る経過は前記二8で認定したとおりである。)に始まり、同年六月一五日のドラフト会議における受注予定社の決定等に至るまでの一連の各被告会社所属の被告人一七名の行為が実行行為であり、これにより不当な取引制限が成立して犯罪は既遂になったものと認められる。この関連で付言すると、弁護人らは、三月一〇日ころのルールの合意のみが実行行為であり、それについて告発を欠き、あるいはその後の六月一五日までの行為は不可罰的事後行為であるなどと主張するが、既に述べたとおり、三月一〇日ころから六月一五日までの一連の行為を実行行為と見るべきであるから、右の主張は前提を欠き失当である。また、前記3で述べたとおり、同一被告会社の営業部門と調査部門の各担当者は、ルールの改訂からドラフト会議までの一連の実行行為につき、作業の分担と連携により共同して手続の進行を図っているのであり、その全体について右各担当者間に共謀が成立することに問題はない。

五  その他の主張について

1  A物件のみをもっては「一定の取引分野」に当たらないとの主張について

被告会社東芝、同富士電機及び同明電舎の各関係弁護人は、本件では、平成五年度のA物件、すなわち同年度の下水道事業団発注に係る新規の電気設備工事が、取引制限の対象とされているが、A物件のみをもって「一定の取引分野」に当たるとすることはできないと主張している。

確かに、平成五年度に下水道事業団が発注した工事は、A物件だけでなく、B、 B’、C、D等の各物件もあったことが認められ、また、「運用手順」によると、シェア枠の対象にA物件のみならずB、 B’、Cの各物件が含められていたことは既に認定したとおりである。しかし、前記二5、6で認定したとおり、C、Dの各物件は、継続工事であるため既設業者との随意契約が行われ、また、B、 B’の各物件は、一応指名競争入札の方法が取られていたものの、既設業者が受注することが慣行になっていたため、各被告会社の関心は専らA物件の受注予定社になることに向けられ、「意向」の獲得もドラフト会議による選定もすべてA物件のみを対象としていたことが認められる。また、シェア枠の対象にB、 B’、Cの各物件が含められていたのは、A物件の選定をする際の基準として、B、 B’、Cの各物件の受注額を考慮するということを意味するにすぎないと認められる。そのほか、A物件の規模が全国的であり、予算金額も巨額であることを併せ考えると、このような状況の下では、A物件のみをもって「一定の取引分野」と認めるのが相当であるから、弁護人の主張は、採用することができない。

2  期待可能性がないとの主張について

被告会社富士電機、同明電舎、同日新電機及び同高岳製作所の各関係弁護人及び被告人恒住の弁護人は、当該被告会社及びその所属の被告人あるいは当該被告人について、当時置かれていた状況にかんがみ、適法行為に出ることを期待するのは不可能であった、と主張するが、関係証拠を検討しても、以上の被告会社及び被告人らのいずれについても、期待可能性の不存在を招来するまでの事情はなかったと認められるから、弁護人の主張は、採用することができない。

(法令の適用)

一  被告会社九社の判示第一の各所為は、いずれも独占禁止法九五条一項一号、八九条一項一号、三条に該当するので、その所定金額の範囲内で、被告会社日立製作所、同東芝、同三菱電機、同富士電機及び同明電舎をいずれも罰金六〇〇〇万円に、被告会社安川電機、同日新電機、同神鋼電機及び同高岳製作所をいずれも罰金四〇〇〇万円にそれぞれ処することとする。

二  被告人a、同b、同c、同d、同e、同f、同g、同h、同i、同j、同k、同l、同m、同n、同o、同p及び同qの判示第一の各所為は、いずれも独占禁止法九五条一項一号、八九条一項一号、三条(被告人oを除くその余の被告人一六名については、更に平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条)に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、右被告人一七名をいずれも懲役一〇月に処し、情状により右改正前の刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。

三  被告人rの判示第二の所為は、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六二条一項、独占禁止法九五条一項一号、八九条一項一号、三条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、右は従犯であるから右改正前の刑法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役八月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

一  本件は、被告人rを除く、被告会社九社に所属する被告人ら一七名が、その業務に関し、認可法人である下水道事業団が指名競争入札の方法により発注する平成五年度新規電気設備工事について、受注調整を行って不当な取引制限をしたという独占禁止法違反と、下水道事業団工務部次長の被告人rが、工事の件名、予算金額等を他の被告人らに教示してその犯行を容易にしたという同幇助の事案である。

二  独占禁止法は、事業活動の不当な拘束を排除することにより、公正かつ自由な競争を促進するなどし、もって、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的として定められた経済活動に関する基本法である。昨今、国の内外から同法の遵守が強く叫ばれる社会情勢の下にあって、平成四年の法改正により事業者に対する罰金額が大幅に引き上げられ、同法の抑止力の強化が図られた経緯がある。

しかるに、重電メーカーである被告会社九社は、従来から長年にわたり慣行的に行ってきた受注調整を背景にして本件犯行に及んだのであって、殊にそれが右の法改正の直後に行われたものであるだけに、重い責任を問われる立場にある。

三  本件犯行の内容を具体的に見ると、次の諸点を指摘することができ、その犯情は悪質である。

1  本件犯行主体の被告会社九社は、わが国を代表する大手及び中堅の重電メーカーであり、率先して独占禁止法を遵守すべき立場にあるのに、その責務に違背したものであること。

2  本件の不当な取引制限は、下水道事業団が全国の自治体から受託した下水道施設の電気設備工事について行われたものであり、国民の日常生活の根幹に関わる公共事業を対象とした犯行である上、本件受注調整が行われた平成五年度の新規工事は予算金額が巨額であるなどその規模も大きいこと。

3  本件においては、発注者である下水道事業団の担当者が、受注調整のシステムの成立に深く関わり、かつ、その実施面でも重大な役割を果たしており、公民一体となった犯行であること。

4  ルールの改訂から受注予定社決定のためのドラフト会議までの一連の受注調整の過程において、各被告会社の営業部門と調査部門の各担当者は、業務を分担した上、自社内及び他の被告会社並びに下水道事業団の担当者との重層的な連携作業を手際よく着実に遂行していたものであり、周到に準備された計画的な犯行といえること。

四  しかしながら、他方、次のような情状も認められる。

1  本件受注調整のシステムの成立及びその実施について、発注者側においてこれを助長し、かつ、これに加担していた点は、被告会社九社及びその所属する被告人一七名にとって酌量すべき事情といえること。

2  本件犯行の発覚後、被告会社九社は、事の重大性を認識して深く反省し、組織の改廃及び人事異動を進め、あるいは、独占禁止法遵守のマニュアル作成や社員教育を行うことにより、再犯防止の徹底を期していること。

また、それぞれ公正取引委員会から多額の課徴金の納付を命じられてこれを支払い、官公庁からの指名停止処分を受けるなど、相応の社会的制裁を受けていること。

3  被告会社九社に所属する被告人一七名は、いずれも、組織の一員として本件犯行に加担し、しかも、本件の発覚後は社内で懲戒処分に付されるなど、相当の不利益を受けていること。

4  被告人rは、横浜市職員から下水道事業団に出向し、下水道事業団上層部の指示により前任者のやり方を引き継ぐことを余儀なくされ、本件受注調整に関与したものであって、懲役刑に処せられることにより地方公務員の身分に関連した制裁や不利益を受けざるを得ない立場にあること。

五  以上の諸般の事情を総合勘案し、被告会社九社については、その規模とそれに応じた受注調整における利得の大きさ等を考慮して、「五社」と「四社」ごとに罰金額を定め、被告人一八名については、その刑事責任の重みにかんがみ、懲役刑を選択して主文のとおりの各刑期を定めた上、その刑の執行を猶予することとしたものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神田忠治 裁判官 小出享一 裁判官 金山薫 裁判官 永井敏雄 裁判官 飯田喜信は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 神田忠治)

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